【懐古】プロ野球選手[ライトル]が懐かしすぎてマジ泣ける・・・


1966年、MLBドラフトでニューヨーク・ヤンキースに指名され、契約を結ぶ。1969年5月17日にメジャーデビューを果たし、その後シカゴ・ホワイトソックス、モントリオール・エクスポズ、ロサンゼルス・ドジャースと渡り歩く。

1977年に広島東洋カープに入団し、NPB1年目から活躍。衣笠祥雄や山本浩二と共にクリーンナップを形成し、1979年と1980年の日本シリーズ連覇に貢献。1980年の日本シリーズではMVPを獲得し、攻守共にバランスが良い選手として広島の黄金時代を支えた。1978年から4年連続でダイヤモンドグラブ賞を受賞し、強固な外野守備陣を構成。1981年には最多安打を獲得し、広島での通算155本塁打は球団外国人選手として最多記録を持つ。

1983年には南海ホークスに移籍し、1シーズンプレー。その年、ラジオたんぱのプロ野球オールスターゲーム中継に出演。帰国後は農場経営を行いながら、フロリダ・アトランティック大学でコーチを務めた。