【懐古】記憶の片隅に残っている[一発芸・一発芸人]を振り返る(ゆってぃ)


ゆってぃ(1977年〈昭和52年〉1月25日 - )は、プロダクション人力舎に所属する日本のお笑い芸人(ピン芸人)。本名および旧芸名は藤堂 雄太(とうどう ゆうた)。「とーどーーた」という名義での活動も行っていた。東京都杉並区出身。身長174cm、血液型O型。妻はタレントで元グラビアアイドルの石川あんな。…
24キロバイト (3,042 語) - 2025年2月16日 (日) 21:14
ゆってぃさん(本名:藤堂雄太、1977年1月25日生まれ)は、プロダクション人力舎に所属するお笑い芸人です。1995年にスクールJCAへ4期生として入学し、当初はコンビ「マンブルゴッチ」のツッコミ担当として活動していました。しかし、相方の川村龍俊がラッパーを目指すため、2002年に解散しました。

その後、2003年にNSC東京校7期出身の寺崎仁人とコンビ「ロケット」を結成し、同年6月に秋山潤が加入してトリオ「グーニーズ」となりましたが、2006年に解散しました。しばらくして「とーどーゆーた」と名乗り、ピン芸人として活動を始めました。ピン活動初期は正統派漫談を行っていましたが、人力舎のスタッフからアイドル路線で行くように指示され、「スーパーアイドルゆってぃ」というキャラクターが誕生しました。

「スーパーアイドルゆってぃ」というキャラクターに扮した漫談が特徴です。「辛いことがあってもそれがなになにー」「キョーレツゥ! チッチャイことは気にするな! それ、ワカチコ! ワカチコ!」などの台詞を使い、自虐的な出来事をネタにしています。「なになにー」はマンブルゴッチ時代の元相方・川村発案のギャグ、「キョーレツゥ!」はロケットおよびグーニーズ時代の元相方・寺崎が考えたものです。衣装は全盛期の西城秀樹をイメージした派手なものから、少年隊っぽい現在の衣装に変わりました。

2008年8月27日放送の『爆笑レッドカーペット』で「ゆってぃ」として出演し、同年9月18日の『アンタッチャブルのシカゴマンゴ』で正式に芸名を「ゆってぃ」に変更しました。山崎弘也(アンタッチャブル)が名付け親で、ゆってぃさんはカタカナ表記の「ユッティー」だと思っていましたが、ひらがな表記となりました。

ゆってぃさんのコンビ時代を知るバカリズムは、彼のアイドルキャラに驚き、「最終手段」だと思ったと述べています。カンニング竹山によると、コンビ時代のゆってぃさんは「どちらかというと突っ張った芸風」で、今の芸風は自身が嫌っていたそうです。